そうすることに“真の意味”があるのでしょうか?


どういう経緯で其の様になったのか判りませんが、樹齢150歳の樹木を利用することが本当の意味での鎮魂になるのでしょうか。況してやイベントが終了したらバラバラにして売り出すということは元手が殆どゼロで利益を得る訳です。こんな現実を許して良いのでしょうか。

百歩譲って、イベントに利用した後は修繕を加えて元の場所に戻すというのであれば多少は理解しますが、そうした考えを無視しているとなれば酷い話だと思いますね。

そもそも鎮魂に関しては既に神戸市民が毎年1月17日の午前5時47分に祈りを捧げています

勿論、あれだけの地震でしたから神戸市民以外の人たちも鎮魂を願わずにはいられないですが、だからと言って盛大なイベントにする意味は何処にもないと思うのです。況してや1回限りで、その後は使用した樹木をバラバラにして売り出すという【完全なる商売目的】なのですから、とても鎮魂を本気で考えているとは思えないのです。

正直な話、今の日本に世界に誇るイベントなんて不要です。そんなことをしている暇があるなら明日の生活をどうするのかを考えた方が遥かにマシです

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